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川柳的逍遥 人の世の一家言
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金不足で戻されてきたわたし  桑原伸吉


 庵の浮舟と稲を刈る人

身を投げし 涙の川の 早き瀬を しがらみかけて 誰かとどめし

涙からできたような流れのはやい川に身を投げた私。
誰がその流れを止めて、私を助けたのでしょうか。

「巻の53 【手習】」
     よかわ  そうず
比叡の横川の僧都の母尼妹尼、弟子の阿闍梨ら一行が、大和の初瀬詣の

帰る途中の奈良坂という山を越したころ母尼が病気になった。

一行はこのまま京まで行くのは無理だと判断し、

近くの宇治の院に宿泊することにした。


そこで異様な気配を感じた阿闍梨が、人の入れそうもない庭の方を見回り

に行くと、気味の悪い大木の下の辺りで、揺れる白いものが目に入った。


「幽鬼か神か狐か木精か、高僧のおいでになる前で、

   正体を隠すことはできないはずだ、名を言ってごらん、名を」 

と言い、阿闍梨が着物を引くと、その者は襟に顔を隠して泣きはじめた。

出生はどこの星かと問いかける  油谷克己


阿闍梨らと白い着物の女

付き添いは誰もおらず、打ちひしがれているその者は、

若くて美しく、白い綾の一重を着て、紅の袴をはき、薫香の匂いも芳しく、

気品も高そうな美しい女であった。

尼君は女房に言いつけ自身の室へ、その女を抱き入れさせた。

女は、依然失心状態が続いていて、衰弱もひどかった。

「この人を死なせてはいけません。加持をしてください」

と尼君は言い、僧都の妹の尼は、死んだ自分の娘が帰って来たように思った。

あの夜の冬桜なり女なり  徳山泰子

尼君は親の病よりも、この人をどんなにしても生かせたいと、

親身に付き添い夢中で介抱をした。

知らない人ではあったが、容貌の非常に美しい人だから、

このまま死なせてしまうのも惜しいと、女房たちも皆、必死に世話をした。

それでも時々目をあけて空を見つめる眼を見ると、いつも涙を流している。

その黙りこくって悲しげな女の様子に尼君が、

「黙って泣いてばかりいる貴方を見ているのは、こちらも悲しい。

 宿縁があればこそこうして出逢うことになったのだから、

    少しでも何かものを言ってくれないかね」

懇願するように言うと、病人はやっと、

「生きることができましても私はもうこの世にいらない人間でございます。

   人に見せないで、この川へ落としてしまってください」 

と低い声で言う。


心にも無い返事うっすらと雪  山本早苗

女は「川へ落としてほしい」と言った一言以外、その後は何も言わない。

尼君にはそれが物足りなかったが、いつまでも起き上がれそうにもなく、

このまま衰弱して死んでしまうのではないかと、無関心にはおれなかった。

宇治で初めから祈らせていた阿闍梨に、
以来ずっと尼君は祈祷をさせた。

早く健康を戻して家族として、暮らしたいと尼君は願っているのである。

やがて大尼君の病気も癒え、方角の障りもなくなったことから、

怪異めいた場所に
長居するのもよくないので、僧都の一行は、

比叡の坂本の小野へ帰ることにした。


こんなにも無口が似合う春霞  清水すみれ

小野までは長い道中だったが、夜ふけになって草庵に帰り着いた。

身もとの知れない若い女の病人を伴って来たというようなことは、

僧として
噂になってはいけないので、尼君は同行した人達に口留めをした。

もし捜しに来る人があったならばと思うことさえ、尼君を不安にしていた。

どうしてあのような田舎に、この人が零されたように落ちていたのであろう。

初瀬へでも参詣した人が、途中で病気になったのを継母のような人が、

悪意で見捨てたのであろうかと、そんな想像もするのだった。

価値観のちがう女とたそがれる  桜 風子

小野の草庵に帰ってからも皆、女を懸命に介抱した。

救われた女には物の怪に取りついており、阿闍梨が交替で加持をした。

物の怪が女の身体を去る時に、僧都の弟子に取りついて告白を始めた。

物の怪の告白によれば、美女たちが住む家に住みついて、一人殺した後に、

死にたいという女がまた一人いたので、取りついたということであった。

聞くところを察すると、どうも大君と浮舟のことのようである。

一人殺したというのは、おそらく大君で、もう1人は浮舟のことである。

幽霊にいつでもなれる洗い髪  佐藤美はる

その甲斐あって取り憑いていた物の怪も退散し、

意識を取り戻した浮舟は、死ぬことも叶わぬ自分の身の不運を嘆き、

読経などの勤行や、書をつれづれにしたためる「手習い」などをして

日々を過しながら、ひたすら出家したいと願った。

しかし、妹尼は浮舟の若さゆえに首を縦に振らない。

そんなこと聞くから愛が風邪を引く  河村啓子 


 出家をした浮舟

九月になって尼君たちは、ふたたび初瀬へ詣ることにした。

今まで苦しくも、心細くも死んだ娘のことばかりを考えていた自分に、

あのような可憐な姫子と知り合えた縁は、、観音のご利益であると信じ、

お礼詣りをしようと思い立ったのである。

そんな尼君らの留守の間に、浮舟は妹尼の亡くなった娘婿である中将から、

またまた疎ましく恋の告白を受ける。

中将と浮舟が結ばれることを、尼君もそうなればと願っている縁だったが、

思い出すのも辛い
恋の行き違いから、このように漂泊する身になった自分

なのだから、それを恥じて
浮舟は中将の告白を無視し続けた。

そんなある日、浮舟は妹尼らの不在の折に立ち寄った横川の僧都に懇願して、

出家をしてしまう。

帰ってきた尼君は嘆き悲しんだが、すべてはあとの祭りだった。

鋭角に座り直して来た敵意  都司 豊

年が明け、浮舟の手習いは、仏勤めの合い間にも続けていた。

そんな所へ法要のための衣装を縫って欲しいという仕事が庵に寄せられた。

薫が主催する浮舟の一周忌に使う衣装である。

浮舟も手伝うように言われるが、自分のための仕事はできるわけがない。

その一周忌の仏事を終え、薫は挨拶かたがた中宮の御殿を訪ね、

儚い結末になった浮舟のことを薫は偲び、中宮と話しこんだ。

そんな中、薫が可哀想に思った中宮は、僧都から聞いた話を思い出し、

小宰相にそっと、


「薫の話を聞いていると今も、あの人のことを恋しがっている。

   それが可哀想で、ついあの話をしてしまうところだったけれど、

   私の口からは気づつなくて、言ってあげることができませんでした。

   あなたも僧都の話を聞いていたのだから、ほかの話のついでに

   僧都の言っていたことを話してあげなさい」

と言う。これは匂宮に関わりがあるために、

中宮自らは言わなかったのだと小宰相は思った。


茄子焼いて聞いてる主語のない話  山本昌乃

小宰相は世間話などをする合間に薫に、僧都が残していった話を始めた。

「横川で僧都が山の庵に立ち寄った折、女性を一人尼になすったそうです。

   患っている間も、皆若さを惜しんで尼にはさせなかったのだそうですが、

   その女性が強く願うので、出家させたとその僧都は言っておりました」

場所や時期をその時の様子を考えると皆、符合することばかり。

薫は、これは浮舟が生きていることではないかと推理した。

死んでしまったと思っていた人が、漂ってこの世にまだいるかも知れない。

そんなことがあるはずはないと思う反面、自殺などできる強い性質では

なかったことを考えると、話のように人に助けられ生きているのが

性格に似合っていると思う、薫だった。

生きていてくれと言われて生きている  永井 尚

薫は突然の話に驚くとともに、比叡詣の折に横川を訪ねてみることにした。

母とか弟とかには知らせず、供には浮舟の異父弟を連れて行くことにした。

都合ですぐに尼の家を訪ねることになるかもしれない。

夢の再会を遂げるその時に、気兼ねのない者がいる方が良いと思ったのだ。

その人と分かった後で、そこの尼たちから予期せぬ事実を聞かされることが

あっては悲しいだろうなどと、薫はいろいろと配慮をめぐらせるのだった。

手櫛にてさきおとといのもつれ髪  下谷憲子

薫の配慮は、匂宮のことでもそうである。

浮舟が生きてみつかり、宮がまだあの関係を続けようとしているのであれば、

どんなにあの人を自分が愛していても、もうあの時のまま死んだ人と思うこと

にしてしまおう、生死の線が隔てた二人と思い、いつかは黄色の泉の辺りで

風の吹き寄せるままに逢い得ることがあるかも知れぬのを待とう、

愛人として
取り返すために、心を使うことはしないほうがよかろうなどと

思う薫なのである。


落書きが美しいすぎてまだ消せぬ  桜 風子

ところが、今の課せられた境遇の中で浮舟の考え方は違った。

あの方(匂宮)のために自分はこうした漂泊の身になった。

変わらぬ恋を告げられたのを、なぜ嬉しく思ったのかと疑われてならない。

匂宮への愛も恋もさめ果てた気がする。

はじめから淡いながらも、変わらぬ愛を持ってくれた薫のことは、

あの時、その時と、その人についてのいろいろの場合が思い出されて、

匂宮に対する思いとは、比較にならぬ深い愛を覚える浮舟なのである。

もう少し濁ると僕も棲めるのに  薮内直人

【辞典』  本物の高僧

これまでの巻の源氏物語に登場する僧侶の殆どは、軽口であったり、人情味
がなかったりと否定的なイメージで語られてきた。しかしこのラスト二巻目
にきて、やっと僧侶らしい人徳を備えた人物が登場する。それが横川の僧都
である。何より心の深さが違う。源氏物語の登場人物の多くは世間の評判を
気にして、悪い噂が立たないよう行動しているが、この横川の僧都は違った。
浮舟の加持祈祷のため山を下りるとき、弟子が朝廷からの要請にも山から出
なかったことを引き合いに出し「何を言われるかわかりません」と進言する
が、横川の僧都は「言わせておけ」とお構いなしに素性も判らぬ浮舟を助け
に行くのである。
実はこの横川の僧都には実在のモデルがいたと言われている。
後の法然や親鸞にも大きな影響を与えたとされる源信である。
かれは平安時代中期の天台宗の僧侶で、紫式部と同時期に生きた人物である。

山吹の花で野良犬を染める  井上一筒

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