- 2026/03/01
- Category : ポエム&川柳
大相撲ー呼出し
昭と和の間にそっと一呼吸 上田和宏
画像は明治中期んも大相撲の様子
審判は四本柱の内側に座している。
昭和の真ん中は栃若時代、名人と謳われた「二人の呼出し」がいた。
一人は、名門・出羽海部屋所属の伝説的な呼出しは「太郎」である。
11歳で入門し、バチさばきと美声で観客を魅了した名人芸の持ち主で、
角界初の「生存者叙勲」を受けた功労者であり。衆議院の議事進行係が、
通称「呼び出し太郎」と呼ばれるほどに名を馳せた。
そして太郎から少し遅れて、破格の美声の持ち主といわれ登場したのが
「小鉄」である。伊勢ケ浜部屋所属、明治31年相撲界に入った。
小鉄が呼び上げのために土俵に上がると、あの騒々しい場内が、その声
を聞き漏らすまいと館内が静まり返ったという。
を聞き漏らすまいと館内が静まり返ったという。
加えて、その太鼓は不世出とされた。あれほどのバチさばきは二度と聴
けまいといわれる。昭和44年には、角界初の生存者叙勲に輝いた。
けまいといわれる。昭和44年には、角界初の生存者叙勲に輝いた。
それを祝してドイツ文学者が川柳に残している。
しょうゆ樽叩いてもらう勲六等 高橋義孝
呼 出 し 小 鉄
宵越しの金を持たない太郎は、借金の形に商売道具の太鼓を質に入れた
ことがある。代わりに空のしょうゆ樽をたたいたのだが、その腕前ゆえ、
しばらく周囲に気づかれなかったという。
現在、呼出の名前は番付に載っている。この原点は太郎の力である。
昭和24年、太郎が「名前を載せてほいい」と協会に願い出て受けいれ
られたのだ。しかし太郎が定年になると、また番付から消された。
これは平成6年に復活した。
現実に、呼出は名前が載って当然の、実に多岐にわたる仕事をしている。
行司と同様に、呼出なしでは大相撲は成立しない。
さくらさくらさくらは平仮名が似合う 雨森茂樹
式守伊之助と呼出・弥吉
大相撲ー呼出し
さて相撲は「呼び出し」から始まる。長く相撲を愛している方ならどなた
もご存じの、しつこくて申し訳ないが、あの栃若時代に部類の美声の持ち主
「呼出小鉄」がいた。館内に響き渡る透き通った声に、観客は咳一つしない
その緊張感の中で、両力士は、土俵に上がるのだった。
もご存じの、しつこくて申し訳ないが、あの栃若時代に部類の美声の持ち主
「呼出小鉄」がいた。館内に響き渡る透き通った声に、観客は咳一つしない
その緊張感の中で、両力士は、土俵に上がるのだった。
これから対戦する両者の胸中を、観客は瞠目するのである。
小鉄の声は、それほどの価値を持っていた。
おそらく小鉄に呼び上げられたいと、多くの力士は稽古に励んだことだろう。
なぜなら名匠と称されてから彼は、横綱・大関しか呼出さなかったのだから。
守ります自分のペース頑なに 前中一晃
呼出・利樹之丞
半世紀以上経た今、小鉄のごとく透る声の呼び出しさんが現れた。
利樹之丞さんである。高砂部屋所属の52歳、昭和64年に初土俵を踏む。
小鉄のような高音域の「呼び上げ」で取り組みを盛り上げている。
現在幕内格で年功序列の世界であり、小鉄になれるかは未知数だが、よく
よく、精進してそうなってほしい。相撲が力士だけのものではないことを、
知らしめてほしいものである。
よく、精進してそうなってほしい。相撲が力士だけのものではないことを、
知らしめてほしいものである。
呼出しの仕事で一番楽しいことはと聞かれた利樹之丞さん。
「やはり呼び上げですね。呼出しの一番の見せ場です。これから取り組む
力士には、声で力をつけて、また会場を盛り上げることができる、そんな
呼び上げを心掛けています」と答えた。
力士には、声で力をつけて、また会場を盛り上げることができる、そんな
呼び上げを心掛けています」と答えた。
僥倖をハシビロコウは待っている 岸井ふさゑ
百周年記念行事
この日、奏名(ふしょう)役を幸司と利樹之丞が務めた
「呼出しの歴史」
呼出しは、奈良・平安時代のころには存在していたと言われている。
記紀神話の力比べから、技芸による年占儀式へ、そして宮中行事「相撲節
会」にあるともされる。とすると千三百年の歴史を持つことになる。
会」にあるともされる。とすると千三百年の歴史を持つことになる。
「奈良から平安時代にかけての相撲節会の役職であった「奏名(ふしょう)」
は、相撲人の名を呼んでいたようで、それが呼出しのはじまりとも言われて
いますね」と、利樹之丞さんが教えてくれた。
は、相撲人の名を呼んでいたようで、それが呼出しのはじまりとも言われて
いますね」と、利樹之丞さんが教えてくれた。
「百周年場所において奏名」=相撲人の名を読み上げる、現在の呼出し役。
この日は幸司と利樹之丞が務めた。
相撲長(すまいのおさ)=相撲節会で相撲人を世話する役割。
この日は童相撲の子供たちを先導しました。富士夫と啓輔が務めました。
この日は童相撲の子供たちを先導しました。富士夫と啓輔が務めました。
両の手ですくいきれない恩がある 蒼井 環
「さらに利樹之丞さん」
「江戸のころは、取り組みを裁く行司に対して呼び上げを行う「前行司」
という職がありました。ほかにも、四股名を呼び上げる人を、「ふれ」、
「名乗り上げ」とする記述があり、それが呼出しだった
という職がありました。ほかにも、四股名を呼び上げる人を、「ふれ」、
「名乗り上げ」とする記述があり、それが呼出しだった
と言われています。江戸は寛政(1789~1801)年間に作られた番付には、
呼出しの名前が載っています。それから載ったり載らなかったりで、昭和
24年に呼出しの太郎さんが、理事長に提言して10年ほど記載されてい
ました。そして平成6(1994)年からは、番付表への記載が復活。
ました。そして平成6(1994)年からは、番付表への記載が復活。
今も昔も同じでしょうが、自分の名前が番付に載っているのは励みになり
ます」。
ます」。
憧れとためらい二つとも絵馬に 靍田寿子
「勧 進 大 相 撲 繁 栄 之 図」
土俵の上ではまさに取り組みの真っ最中。行事や審判員、呼出の姿もあり、
土俵の下には、東西それぞれに力士が控えている.
「勧進相撲 行司と呼出」
因みに江戸相撲独特の縦番付が発行されたのは、寛永前の宝暦時代(1751
~1764年)。この頃からは、今につながる江戸相撲の制度や組織が整いは
じめた。また、錦絵にも描かれている勧進大相撲ですが、「行司」はもち
ろん「呼出し」の姿も見ることができます。幕末のころの錦絵には、裁着
袴(たっつけはかま)姿で描かれていて、今の装束とほぼ変わりません。
~1764年)。この頃からは、今につながる江戸相撲の制度や組織が整いは
じめた。また、錦絵にも描かれている勧進大相撲ですが、「行司」はもち
ろん「呼出し」の姿も見ることができます。幕末のころの錦絵には、裁着
袴(たっつけはかま)姿で描かれていて、今の装束とほぼ変わりません。
時の熟成だ苦言も干し柿も 三好光明
「呼出しの三大仕事」
呼出し邦夫
十両呼び出し。高砂部屋所属。伸びのあるその声はオペラ歌手のようと評され
「邦オペラ」の愛称を持つ。
① 「聞き比べが楽しい呼び上げ」
呼出しといえば、イメージするのが呼び上げです。
土俵上で白扇を広げて、次の取り組みの四股名を呼び上げる。
奇数日は東方から、偶数日は西方の力士から呼び上げる。
序の口から幕内までは、四股名は一度だけ呼び上げる「一声」で十両最後の
取り組みや三役以上の場合は、二回呼び上げる「二声」で、節回しや声の強
弱などは、それぞれのスタイルで。
取り組みや三役以上の場合は、二回呼び上げる「二声」で、節回しや声の強
弱などは、それぞれのスタイルで。
今ここで大きな声を出さないと 津田照子
土俵は場所が始まる6日前から3日間の時間をかけて作られています。
土俵は機械などは一切使用されず、人の手によって作られており、まず
6.7mの正方形の中に高さ60cmになるように土を盛っていきます。
その上で小タコ、大タコ、タタキといった道具を使って人の手で土を固め
ていきます。土が固まったら、ロープを使って直径4.55mの円を作成し、
俵を埋める穴を掘っていきます。そして掘った穴に俵を埋め、最後に水を
撒きコテを使って土俵をならしていきます。
ビール瓶も土俵作りに重要な役割を担っている。
② 「すべて手仕事、職人技の土俵築」
「土俵築」とは、土俵作りのこと。本場所や巡業の土俵から相撲部屋の稽古
土俵まで、土俵づくりは、呼出しの重要な役割。ちなみに国技館での土俵築
は、場所前3日間をかけて呼出し全員で行う。
土俵まで、土俵づくりは、呼出しの重要な役割。ちなみに国技館での土俵築
は、場所前3日間をかけて呼出し全員で行う。
まずは土台を残して20㎝ほど削り、新たな土を入れて打ち返す。
「タコ」という道具で押して土を固め、「タタキ」と呼ばれる道具で表面を
水平に。また俵を土俵に埋め込む作業では、その俵作りに欠かせないのが、
ビール瓶でビールの大瓶を使って、きれいに形を整えて、土俵に埋め込んで
いく。仕上げまで、なんとすべて手仕事なのだ。
すばらしい取り組みは、呼出しが手掛ける土俵があってこそ。土俵の土は、
埼玉で採れる「荒木田」だ。
水平に。また俵を土俵に埋め込む作業では、その俵作りに欠かせないのが、
ビール瓶でビールの大瓶を使って、きれいに形を整えて、土俵に埋め込んで
いく。仕上げまで、なんとすべて手仕事なのだ。
すばらしい取り組みは、呼出しが手掛ける土俵があってこそ。土俵の土は、
埼玉で採れる「荒木田」だ。
引っ張ってくれた両手の温かさ 石塚芳華
江戸時代の触れ太鼓の様子。「江戸両国回向院大相撲之図・太鼓」
③ 「相撲情緒を演出する太鼓」
相撲情緒に欠かせない櫓太鼓の音。これも呼出しの仕事である。
場所前日に叩かれる「寄せ太鼓」に始まり、場所中は櫓の上で毎日朝8時
すぎから「一番太鼓」を、弓取り式が終わると同時に「跳ね太鼓」を叩く。
すぎから「一番太鼓」を、弓取り式が終わると同時に「跳ね太鼓」を叩く。
跳ね太鼓は、「来場の感謝と明日の来場への願いを込めている」
(千秋楽や一日限りの巡業では叩かない)
また場所前日は、人々に相撲が始まることを知らせて回る「触れ太鼓」は
呼出しが数名一組となり、相撲部屋や贔屓筋を回る。
太鼓を叩き、初日の顔触れ(取り組み)を呼出しならではの節回しで披露
する。国技館での場所開催時には、両国駅周辺の店はもちろん、日本橋の
老舗などでも、触れ太鼓チームに出くわすことも多々あるはずだ。
する。国技館での場所開催時には、両国駅周辺の店はもちろん、日本橋の
老舗などでも、触れ太鼓チームに出くわすことも多々あるはずだ。
冬ぐもり蜜柑甘い日酸っぱい日 小川佳恵
「呼出しは縁の下の力持ち」
呼び出しは、取組前に「◯◯〜」と力士を独特な節回しで呼び上げるだけで
なく、懸賞金がかかっている取組で、企業名が入った「懸賞旗」を持って、
土俵を回り、行司に懸賞金を受け渡す役目も担っている。
土俵を回り、行司に懸賞金を受け渡す役目も担っている。
また毎日の取組の合間に土俵の掃除や整備、塩の用意、土俵のメンテナンス
を行う。取組前に力士にタオル・汗拭き用の紙や布を渡すのも呼出しの仕事。
を行う。取組前に力士にタオル・汗拭き用の紙や布を渡すのも呼出しの仕事。
十両以上の土俵にて、制限時間いっぱいになった際に、水桶の横に座ってい
る呼出しが力士へ差し出す。
る呼出しが力士へ差し出す。
力士はタオルで体を拭いた後、綺麗に畳み呼出しに返すのが力士の礼儀です。
よく動く眼球が壁に掛けてある 宮井元伸
呼び出しの階級は、9つに分かれており、基本的には、勤続年数に基づく
年功序列の仕組みです。見習い期間を含めると、呼出しとしてのキャリア
は約3年間の養成期間から始まります。その後、経験を積みながら各階級
へと昇格していきますが、その昇格には特定の条件が定められています。
「階級と給与」
呼出にも行司や力士と同様に階級(序ノ口~最高位の立呼出まで)があり、
経験年数や実力によって役割の重要度が変わります。
その給与は、「基本給」と「手当」の2つから成り立っています。
基本給は階級によって決まりますが、手当は個人の能力や勤務態度に応じ
て変動。階級が上がるにつれて、基本給だけでなく手当の額も増えていく。
基本給は階級によって決まりますが、手当は個人の能力や勤務態度に応じ
て変動。階級が上がるにつれて、基本給だけでなく手当の額も増えていく。
このように、呼び出しは、土俵上の進行を支える重要な役割を担っており、
階級が上がるにつれて任される業務や責任も増し、それに伴い給料も上が
っていきます。
っていきます。
海老が二匹のった隣りの素うどん 通利一遍
階級 本棒(月給) 手当(月)
三役呼出し以上 360,000~400,000円未満
幕内呼出し 200,000~360,000円未満
十枚目呼出し 100,000~200,000円未満
幕下呼出し 42,000~100,000円未満
三段目呼出し 29,000~70,000円未満
序二段呼出し 20,000~29,000円未満
序の口呼出し以下 14,000~20,000円未満
立呼出しになると、年収1,300万〜1,500万円に達するとされる。
また諸手当本場所ごとの手当や装束の補助、旅費などが別途支給されます。
青が青でありますように百年後 高橋レナ
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